20代中盤の頃、小学生クラスを担当していた時のお話です。

コミュニケーションを苦手とするミクちゃん（仮）は、レッスン中、いつも不真面目で、他人の邪魔ばかりしていました。
ある日、「自分が考えた物語を皆で演じてみる」というエチュードの時間に、僕はミクちゃんとチームを組みました。

「ミクちゃんが考えたことを、全て僕が演じるから、好きなようにしゃべってみて」
彼女はぽつりぽつりと話し始めました。

「セミの一生」という物語です。

ミクという名前の、鳴くことが出来ないセミが主人公でした。
僕はそのセミを見つけて、密かに山小屋で飼うが、鳴かないことが心配で仕方ないという少年の役。

発表の時間になって、ミクがセミのポーズを取り始めると、周りの子供達は笑いました。
僕はそれをあえて注意しませんでした。代わりに、一生懸命少年役を演じました。

「ミク、鳴いて！鳴いてくれ！頼むから、声を聞かせて！」
「・・・ミーン、ミーン・・・」

バカにしたような他の子供たちの笑い声の中、彼女は鳴きました。

「よかった！ミクが鳴いた！元気になったぞ！明日、また来るからな！」

しかし次の日、ミクは絶命していました。セミの一生は、たった7日しかないのです。
そこで作品は終わりました。

稽古場は大拍手に包まれました。
ミクは、泣きたかったのです。
友達に、自分の声を聞いてもらいたかったのです。
そのことを、周りの子供たちが感じ取ったようでした。
僕は教育のプロではないけど、「演劇」には子供を変える力がある。
そのことを信じさせてくれた瞬間でした。
あの日のミクちゃんのお芝居を胸に、これからも子供達と真摯に向き合っていきたいと考えています。